初回はバリトン歌手、吉岡和男先生をお迎えいたしました
「山下雅靖の特別対談」初回はバリトン歌手、吉岡和男先生をお迎えいたしました。
吉岡先生は2018年12月、2019年1月にシューベルトの不朽の名作「冬の旅」を演奏されます。そのコンサートでは、非常に名誉なことに私をピアノ伴奏に採用してくださいました。今回の対談はおよそ2時間にも及ぶものとなりましたので、その一部を掲載させて頂きます。
「いよいよコンサートも近くなってまいりました。冬に「冬の旅」をお歌いになられるなんて、とても素敵ですね!」
(笑)
「この「冬の旅」には言葉では表せない大きくて深い魅力というか魔力のようなものがあると思うのですが・・」
「そうですね。まず、この曲につけられた詩を作ったミュラーの生き方が非常に魅力的でして。彼の暮らした当時のプロイセン王国では、自由な表現が非常に難しかったんです。自分の詩にも検閲を加えられたり・・・」
「表現者としてはたまったものではありませんね。」
「はい。全く・・・それでね、彼はその頃のギリシャ独立運動に傾倒して真の自由に覚醒した、そんな中で書かれた詩なんです。」
「例えば23曲目『幻の太陽』なんですが、詩の内容が少し難解ですね。そのあたり何か解釈の糸口といったものはあるのでしょうか?」
「例えば『三つの太陽のうち、愛しい二つの太陽は沈んでしまった。』というくだりですが、それを恋人の目であると多くの人は言っています。でも私にはそうとばかりには言えないかもしれないと思えるのです。」
「と言われますのは・・」
「主人公にとってみれば厳しい旅を経て、死を覚悟したあの段階では、もはや恋人の面影は必要ないんじゃないかと思うんです。もはやそういう次元ではないと・・・」
「確かにそうですね。主人公はあそこではもう別の世界へ行っている気がします。」
「ええ、ですから『冬の旅』の物語性とは別に、この詩が作られた背景を見てみますと、つまりミュラーの立場になって考えてみますと、当時ミュラーが命がけで吐露した本音、その結晶である彼の作品をこれまた命がけで出版し続けてくれた人がいる。当局の弾圧を受けながら・・・その人が亡くなるんです。」
「はい。」
「もともとギリシャの独立運動のため、あるいは自由の獲得のために書かれたという面も持ち合わせたこの一連の詩というところで考えると、その人の死はミュラーにとっては計り知れないくらい大きかったでしょう。ともに戦ってきた同士を失ったわけですから。」
「なるほど。そう考えればあの暗号のような詩の意味が少し分かってくる気がします。」
「それから24曲目(終曲)「辻音楽士」に続くわけですが・・・」
「私事で全くお恥ずかしいのですが、「辻音楽士」のような音楽を他に知りません。あれは喜びとか悲しみとか本来音楽というものが備えているであろう要素が全く見当たらないように思いますが。」
「詩の内容から考えますと、あの老人を一般的には死神と解釈している人は多いですね。ところが私にはあの老人の姿こそがミュラーの目指した生き方といいますか、自由の象徴と言いますか・・・犬にほえられようと、誰にも相手にされなかろうと、ただライヤー(弦楽器の一種)を奏でている・・」
「それではあの終曲は一種の安らぎである・・とすれば作曲者のシューベルトも死の淵でミュラーと同じような感覚を持ってこの曲を作曲したかもしれませんね。」
「そう思います。」
「その作曲者シューベルトについてですが、私はピアノ奏者ですので特にそう思うのでしょうが、ショパンの音楽の美しさはある意味、群を抜いていると思います。ところがシューベルトの音楽も同等に美しい。もちろん書き方が違いますから同じ俎上にはのせられませんが・・・しかしこの『冬の旅』は単純な美しさというよりももっと違う世界を描き出していると思います。耳障りのみを考えますと「美しき水車屋の娘」の方に軍配が上がりそうです。しかし全く別次元での大きな意味で美しさが凝縮された作品、それが『冬の旅』でしょう。それと不思議なのは『冬の旅』を演奏し終えたときにいつも感じることですが、『冬の旅』の世界と現実の世界とのギャップに戸惑います。うまく言えないのですが、作り事である『冬の旅』の世界の方に、より現実感を感じてしまい、現実の方が絵空事のように思えるのです。」
「ああ、それは私も同じです。それと演奏し終えた後に、不思議な救われたような感覚・。・暖かさのような・・・」
「あります・・・」
「さて、それではそろそろ合わせて(歌とピアノの合わせ練習)みましょうか?」
「はい!どうぞよろしくお願いいたします!」
(この間、合わせ練習1時間半)
「ところで、昨年の冬は随分と寒かったですが、今年の冬はどうでしょう?」
「今のところ暖かいですね。冬がまだやって来ないという感じです。」
「この秋はカメムシが多かったので寒くなるかなとは思いましたが。」
「(笑)あいつはですね、温かいところが大好きなんですよ。だからちょっとした隙間を見つけては家の中に入ってくるんです。」
「以前、三次(みよし)(広島県)でコンサートをした時のことですが、コンサートの前の晩、古い宿に泊まったんです。豆電球をつけて寝ようとしたんですが、カサカサ、ブンブン音がするんですよ(笑)。これは幽霊でも出たかなと思いまして(笑)。それで次の日、コンサートの本番中に首筋がモゾモゾするものですから、曲と曲の合間に手で探ってみたら、カメムシでした(大笑)。前の晩スーツケースの中に入り込んだんですね。そして、ふと(同じ宿に泊まった)トランペット奏者を見ますと、一生懸命演奏している彼の背中をですね、これまたカメムシが歩いているんです(爆笑)。」
「演奏どころではなかったですね(笑)」
「ところで先生は合唱の指揮、指導もされていらっしゃいますが、私も昨年ぐらいから合唱指導など取り組んでいます。不躾ながらアドバイスなど頂きたいのですが・・・」
「まず、自然な発声を目指すのは当たり前なことですが、どうすれば自然な発声になるかというとそれは正しいブレスが必須です。例えばこういうふうに・・・」
(ここでブレスや発声などのご指導をして頂きました。)
「なるほど、これなら楽に声が出せます!」
「私はね、常々思っているのですが、皆さんわざわざ練習に来て頂いてね、それで楽しくないと・・・そして良い呼吸法で良い声を出して頂いて、健康でいて頂かないと本当に申し訳なくて・・・」
「今のお言葉、感銘を受けました!」
「いえいえ。」
「今日はどうもありがとうございました。春になりましたら海にでも行きたいですね。」
「はい!ぜひ!」
2018年11月26日
吉岡和男
広島大学教育学部高等学校教員養成課程国語卒業。
これまでに小野村和弘、日越喜美香、亀川敬子、エンニョ・カペーチェ、呉恵珠、牧野正人、薦田義明、ウーヴェ・ハイルマンの各氏に師事。
第32回TIAA全日本クラッシック音楽コンサート優秀賞。
オペラ、オペレッタ、ミュージカルにも主要な役で出演。
2008年、2012年、2013年に、シューベルト歌曲集「冬の旅」全曲演奏リサイタルをおこなう。
また、東城コールエコー指揮者としては、おかあさんコーラス全国大会、国民文化祭全国大会などに出場。
東京国際芸術協会会員。
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